認知症の家族の不動産売却は可能?成年後見制度と手続き
認知症の診断を受けた親名義の家を売ろうとして不動産会社や司法書士に相談すると、「本人の署名だけでは契約できません」「成年後見制度の利用が必要です」と言われます。
判断能力が低下した本人は単独で有効な売買契約を結べず、家庭裁判所が選ぶ成年後見人が本人に代わって手続きを進めます。ただし、本人が住んでいた居住用不動産を売却する場合は、民法859条の3に基づく家庭裁判所の許可が別に必要です。
本記事では、成年後見制度を使った不動産売却の手続きと、制度を使わずに進められるケース、周囲に知られずに動く方法を解説します(2026年9月時点)。
この記事はこんな方に向いています
- 認知症になった親の家を売る必要が出てきたが、周囲に知られずに手続きを進めたい42歳の方
- 家族の判断能力が低下しており、成年後見制度を使わずに売却できる方法があるのか知りたい方
- 時間の切迫がある中で、認知症の家族名義の不動産をどう扱えばよいか精神的な余裕を失っている方
認知症の親の不動産売却は可能か|判断能力の程度で変わる不動産売却の方法
認知症の親が所有する不動産でも、売却そのものができなくなるわけではありません。ただし、本人の判断能力が契約の内容を理解できる程度に保たれているかどうかで、取れる手続きが変わります。
医師の診断で「軽度」とされる段階であれば、本人の意思確認を行いながら売買契約を結べる場合があります。一方、中等度から重度の認知症と診断され、契約の意味を理解できないと判断される場合は、本人が単独で署名しても契約は無効になるおそれがあり、成年後見制度を利用した手続きが必要になります。
実際に不動産売却を進められるかどうかは、医師の診断内容と不動産会社・司法書士の確認次第で変わるため、早い段階で両方に相談しておくことが重要です。
診断書の日付が古いと再取得を求められることがあるため、直近3か月以内のものを用意しておくと手続きがスムーズです。
不動産売却に成年後見制度が必要になる理由
民法7条は、判断能力を欠く人について家庭裁判所が後見開始の審判をできると定めています。後見が開始すると、本人に代わって成年後見人が財産管理や法律行為を行い、不動産の売却もこの権限の中に含まれます。
成年後見制度には、本人の判断能力の程度に応じて「後見」「保佐」「補助」の3つの類型があります。後見は判断能力をほとんど欠く場合、保佐は著しく不十分な場合、補助は不十分な場合に対応し、それぞれ後見人・保佐人・補助人に与えられる代理権の範囲が異なります。
不動産売却のように重要な財産処分を伴う行為は、保佐・補助の類型でも家庭裁判所の審判によって代理権や同意権が付与されていなければ、単独で進めることができません。
どの類型になるかは医師の鑑定結果次第で、申立て時点で家族が選べるものではありません。
成年後見制度を使わない認知症の親の不動産売却の進め方
すでに認知症の診断が出ている場合、成年後見制度以外の選択肢はほとんどありません。ただし、認知症が進む前に準備していた制度があれば、成年後見制度を使わずに不動産売却を進められる場合があります。
任意後見制度は、本人が判断能力があるうちに、将来後見人になってもらう人と契約を結んでおく仕組みです。家族信託は、本人が不動産の管理・処分権限をあらかじめ家族に託しておく仕組みで、認知症が進んだ後も信託契約に基づいて不動産を売却できます。
どちらも本人の判断能力が十分なうちに契約しておく必要があるため、診断後に新たに結ぶことはできません。すでに認知症が進んでいる状況で相談を受けた場合、専門家からは「今からでは間に合わない」と言われることが多いのが実情です。
家族信託は司法書士や信託銀行との事前の契約設計が必要で、認知症の診断後に組むことはできません。
成年後見人による不動産売却の手続きの流れ
成年後見制度を利用して不動産を売却するには、家庭裁判所への申立てから売買契約の締結まで、複数の段階を踏みます。
家庭裁判所への申立てと後見人選任
本人の住所地を管轄する家庭裁判所に後見開始の申立てを行い、申立てには医師の診断書を添え、必要に応じて判断能力の程度を確認する鑑定が行われます。審判が確定すると、家庭裁判所が後見人を選任し、家族が後見人になる場合もあれば、弁護士や司法書士などの専門家が選ばれる場合もあります。
居住用不動産売却の許可
後見人が決まった後も、本人が居住していた不動産を売却するには、民法859条の3に基づき家庭裁判所の許可を別途受ける必要があります。許可の申立てでは、売却の必要性(医療費・介護費の確保など)と売却条件(売却価格の妥当性)が審査され、許可が出なければ売買契約を結んでも無効になります。
許可申立ての前に買主候補と売買価格の見込みを決めておくと、審査がスムーズに進みます。
認知症の親の不動産売却を進める前に、この手続き全体の順序を把握しておくと、家庭裁判所とのやり取りで慌てずに済みます。
医師の診断で認知症の程度を把握
家族信託・任意後見が使えるか、法定後見しかないかを確認
本人の住所地の家庭裁判所に診断書を添えて申立て
家族または専門家が家庭裁判所の審判で選ばれる
家庭裁判所に売却の必要性と条件を示して許可を申立て
成年後見人が本人のために代金を管理する
上の図は、認知症の親名義の不動産を売却する際の標準的な手続きの順序を示したものです。実際の期間は鑑定の有無や家庭裁判所の混雑状況で前後します。
成年後見制度の利用にかかる期間と費用
成年後見制度を利用した不動産売却では、申立てから実際の売却まで、法定後見制度を使わない売却に比べて時間と費用の両方がかかります。
申立てから選任までの期間
後見開始の申立てから後見人が選任されるまでは、一般に1〜2か月程度かかります。判断能力の程度を確認する鑑定が必要になると、さらに数週間から数か月が追加されることがあります。居住用不動産の処分許可は、後見人選任後に別途申し立てるため、売却完了までには半年近くかかることもあります。
後見人への報酬と申立ての費用
申立てにかかる費用は数千円から数万円程度で、鑑定が必要な場合は別途10万円前後の費用がかかることがあります。後見人への報酬は、家庭裁判所が本人の財産状況や業務の内容に応じて審判で決め、不動産売却のように特別な業務を行った場合は、通常の報酬に加えて付加報酬が認められることがあります。
後見人への報酬は本人の財産から支払われるため、家族が立て替える必要はありませんが、売却前に見込み額を確認しておくと安心です。
認知症の親の不動産売却で注意したい税金と相続の関係
成年後見制度を利用して不動産を売却した場合も、売主は本人であるため、譲渡所得税は本人に課されます。本人が住んでいた家であれば、マイホームを売ったときの3000万円特別控除が使える場合がありますが、本人が老人ホームなどに入所していた期間や空き家になってからの期間によって適用条件が変わります。税率や特例の具体的な条件は不動産売却の譲渡所得税とは?税率と特例で解説しています。
本人が亡くなった後に不動産が残っていた場合は、相続の手続きが必要になります。すでに成年後見制度で売却を終えていれば、相続財産は現金として分けやすくなりますが、複数の家族で分ける場合は換価分割とは?不動産売却の税金と手続きも参考になります。また、不動産が残ったまま相続が発生した場合の登記については相続登記とは?期限と不動産売却の関係で解説しています。
特例の適用条件は改正されることがあるため、売却前に税理士か税務署で最新の内容を確認してください。
周囲に知られずに認知症の家族の不動産売却を進めるには
家庭裁判所の手続きは公開の裁判ではなく、申立ての内容が近隣や勤務先に通知されることはありません。手続きを進めていること自体を周囲に知られる心配は基本的にないと考えてよい状況です。
不動産の売却価格を把握する段階では、複数の不動産会社に来訪される一括査定ではなく、ネット上で結果だけを受け取れる匿名査定を使うと、近隣に営業の動きを察知されにくくなります。匿名査定と一括査定の違いと使い分けは匿名査定と一括査定の違い|営業電話なしで相場を知る使い分けで解説しています。
成年後見人が決まった後の売却活動自体は通常の不動産売却と同じ流れで進むため、仲介を担当する不動産会社には認知症であることを伝える必要がありますが、それ以外の第三者に事情を開示する義務はありません。
内見対応は後見人や家族だけで行えるため、本人の認知症を近隣に知られる場面は売却活動の中でほとんどありません。
よくある質問
認知症の親が施設に入居している場合でも成年後見制度は必要ですか
本人が施設に入居していても、不動産の所有者である以上、売却には本人の判断能力に応じた手続きが必要です。施設への入所自体は成年後見制度の利用を免除する条件にはなりません。
成年後見人を家族以外の専門家が選ばれることはありますか
家庭裁判所が本人の財産状況や親族間の意見の違いを踏まえて、弁護士や司法書士などの専門家を後見人に選ぶことがあります。家族を希望しても、審判で専門家が選ばれる場合があります。
成年後見制度を使わずに委任状だけで売却できますか
本人の判断能力が契約内容を理解できない程度まで低下している場合、委任状に本人が署名しても、その委任自体が無効と判断されるおそれがあります。成年後見制度を使わずに進めることは基本的にできません。
後見人選任中に不動産会社に売却の相談をしてもよいですか
後見人が選任される前の段階でも、査定を受けたり不動産会社に相談したりすることは可能です。実際の媒介契約や売買契約の締結は、後見人の選任と家庭裁判所の許可が出てからになります。
売却代金はどのように管理されますか
売却代金は本人の財産として、成年後見人が本人名義の口座で管理します。家族が自由に使うことはできず、本人の生活費や医療費・介護費に充てる形で管理されます。
認知症不動産売却を進めるためにまとめておきたいこと
認知症の親名義の不動産売却は、判断能力の程度によって取れる手続きが変わり、多くの場合は成年後見制度の利用が前提になります。後見開始の申立てから居住用不動産処分の許可まで、半年近くかかることもあるため、早めに家庭裁判所と不動産会社の両方に相談しておくことが重要です。ぜひ本記事の手続きの流れと注意点を参考に、認知症の親の不動産売却を進めてください。
出典
- e-Gov法令検索「民法」第7条・第859条の3
- 法務省「成年後見制度・成年後見登記制度」
- 裁判所(最高裁判所)「成年後見制度について」
- 国税庁「マイホームを売ったときの特例」
